問題に直面したときに

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 日々の生活の中で全然迷うことがないという人はいないはずです。
たしかに人生に於いては、大なり小なり迷うことがあって、その都度、悲観したり、絶望したりしながら生きているのです。
 聖書の中に5,000人の人々に食べ物を供給した話がでてきますが、これも生活の中での一つの困難に出会ったケースでしょう。イエスが弟子のピリポに対して「どこからパンを買ってきて、この人々に食べさせようか」と質問なさったとき、イエス自身が困っていたのでないことは“これはピリポをためそうとして言われたのであって、ご自分ではしようとすることを、よく承知であった”と記されているところからみても明白です。

 何故に、イエスは彼らを試されたのか、それは明らかに困難に直面したときのピリポの反応を見たいと思われたからです。

 こうしたとき、私たちは自分の無知無力を率直に認めることが必要なのです。
例え、そこに五つのパンと二匹の魚があったとしても、私たちにとっては問題解決にはほど遠いのです。然し、それがイエスの手に渡されるときに奇跡は起こるのです。
無力な私たちと、イエスを結ぶものが信仰なのです。イエスを信じる信仰の中にありながらも、様々な困難に出会うとき、そこには必ず解決の手のあることも同時に信じることができることは喜びです。

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